幸せな日々の実現の為に

日々の生活の中で気付き感じたことに対処法を織り交ぜ書き綴っています。

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諦めず信じ続けて努力していれば、必ず奇跡の扉を開く
チャンスは『人との縁』により齎されるものです。

術者の気づき \\ 難病は完治しない?

いろいろな価値観や個々が信じる常識があって、それに基づきいろいろな捉え方や変え方による意見を耳にしてきました。


それを踏まえた上で。。。
法術家としての立場から申し上げれば・・・


その価値観や常識の範疇を超え覆す結果へと導かれるように全力を尽くすのが法術家の仕事です。



よく見聞するのですが・・。
難病になったら完治は無理とか、生涯難病と付き合っていかなくてはいけないとの言葉に、いつも。。「えっ」と思うのです。


なぜ、難病は完治しないと決めつけるのでしょう?


また、不運な状況に落ちたら抜け出せないなんて・・
一体だれが決めたのでしょう?


確かに、すべてが完治するとか 改善するとは言えないかもしれません。


しかし「絶対にダメとか」「無理だから」というのは間違っています。


何の為に人間界に生まれてきたのでしょう?


不平不満や愚痴や泣き言に始まり、刷り込まれた変な常識に洗脳され常識化して踊らされたり、自分の心身を慈しみ大切にできないのも結構ですが・・・


しかし、希望も失い達観したような感覚は間違っています。


世の中には常識を超えた現実も存在するのです。


ただ、それを目の当たりにしたことがないか、或いは最初からその能力のない詐欺手法の連中に上手く乗せられている人たちがいるからと言って、そんなものはみな嘘だというのはどうかと思います。


誠実さや素直さという言葉が馬鹿々々しく希薄に聞こえる人にはわからないかもしれないけど、そんな人にわかってほしいとも思わない。


生きていること自体を不思議とも思わず、奇跡とも思わなければ、奇跡は起こらないのも当然。それを当たり前として本人が認識し感謝することもせず、不平や不満、そして疑うことしかできなければ「体って怒る」のは当たり前の話です。


お陰があろうが、お陰がなかろうが、ただ愚直に信じるものを信じて懸命に生きている人間が馬鹿をみる世の中ではあってならないとは思います。


縁ある人は救われるべきです。


因果応報とはよく言ったもので、誰が種を蒔いたのかも考える必要はあるかと思います。今ある結果は、すべて自ら過去に選択した結果が目の前につきつけられている現実を素直に認め・・・


その上で、今度は現在どのような種を蒔き育てるかの行動が、求める未来を引き寄せるのではないでしょうか。


難病が治る治らないは、無茶をしてきたことを気づかさせてくれるメッセージで、それを受け取ったので自覚反省して意識改革する努力をしつつ、難病は自分にはもう必要ないと本人が思えるかどうかも大切だと思うのです。


難病は治らない という言葉が常識化すれば治らないでしょう。


死をイメージする言葉を使い続ければ。。。


意識するしないに関わらず 普段口にする言葉は本人が望むものとし現実化してくれるのも因果応報です。


ご批判覚悟で書きました。


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