笑顔と幸せな日々への『一歩』

尾道を拠点に活動する法術家が、長年の実体験と知識を基に気づいたことを自由に書いています。

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 『お陰のあるのもお陰、お陰のないのもお陰』

  日々の神恩に感謝しつつ、自分らしく自由で
  お気楽な生き方を追求しつつ、幸せな笑顔に
  導かれるためのヒントでもお伝えできればと
  思っています。^/^ 

 < 自ら本気で求めているものに導かれる >
   
   =手にする しないは 本人次第=

運勢の底上げに..// 猜疑心が強過ると...

わらしべ長者ではないですが、損得勘定なく『素直な人』というのは結果的に幸せな人生を歩む人が多いように思います。


逆に、何かを選択するにも損得勘定がすぐに働く人は、迷いが多く猜疑心に翻弄されて判断を見やまる人が多く、結果的に不幸に導かれていたり、誤った判断により困窮する人が少なくない様に感じます。


童心的な素直さを持った人を観察していると・・・



なぜあんなにも無邪気なのだろうと不思議に思えて来るのですが、思うのにそこには損得よりも興味が先なのかも知れないと感じるのです。


では、その興味とは何かといえば。。。


楽しそうだからとか


面白そうだとか


どうなっているのだろう


といったとても単純な感情なのでしょう。


なぜそんな風に思ったのと訊ねても、「そうしたかったからかな」と答えがかえってくるかもしれません。 笑


逆に猜疑心が強い人は、悪い方に深読みする癖というか、損得勘定が優先ですから最初か常識や理屈という尺度を持ち出して判断してしまうものですから、折角チャンスが訪れても見す見す見逃してしまう場合が多いのでしょう。


その割には、詐欺的なものにはころりと騙されてしまう。


欲の皮が厚いからかもしれませんが。得することばかりを考えていると結局猜疑心が強くなるだけで、猜疑心が強くなれば真実や本物を見分ける心の目をくらますことになるのではと思うのは私だけでしょうか?



子供の時には 誰しも童心の素直さを持っていたはずなのに